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脳死

Posted by msmoshi on 15.2011 未分類   0 comments   0 trackback
先日学校の学部で専攻合宿がありました。

目的は日頃の研究の成果・経過報告と、後輩、先輩、教員の交流ということで
さまざまなプログラムが催されました。

そのうちの一つとして、4人一組となり、あるテーマに対してグループ間で討論する、
いわゆるディベートがありました。

正直やる前は自信がありました。

周囲から期待もしてもらっていたし、
なにより自分でもこういったものは得意だろうと思っていたからです。

しかし実際やってみると散々な結果でした。

御題は「脳死は死である」であり、それについて私のグループは
肯定側につかないといけませんでした。

はっきり言って、その時点で戦うのはかなり難しいな、
というのは見えていました。

しかしだからと言って討論することをあきらめていい、
降参してもよいという理由にはなりません。

それなのに実際に討論が始まると私を含め、4人の内の3人は役に立たず、
一人の女の子にほとんどすべての発言、反駁を丸投げしてしまいました。

本当に申し訳なかったです。

自分が負けたこと、発言できなかったことが悔しいというよりも
女の子一人にそんな役を押し付けてしまったことが申し訳なさ過ぎました。


いつもならもう少しぐらいはトピックに対しての意見が出てくるのに、
なぜあの日、あの時は全く浮かばなかったのでしょうか。

いや、浮かばなかったというよりも、
あの時は自分の中で客観性のある、説得力のある意見を組み上げることが出来なかった、
というのが正しいかもしれません。

後日、その時の後悔から、あの時どうしておけばディベートとしてちゃんと戦えたのか
というのを考えていました。

果たしてこれで本当に客観性はあるのか、相手を、審判員の人たちを説得できたのかは
今となっては確認しようがないですが、自分の中の考えを以下にまとめてみました。

------------------------------------------

「脳死は死である」

このテーマに対して肯定側の立場になった時、
人間の感情、主観、価値観を採りあげて話を進めても
まずもって勝つことはできません

重要なのはあくまで一般的な、生理学的な、社会的な「死」について
述べる必要があります。

そもそディベートというのがそういうものだからです。

例えば「犬」という言葉はあくまで動物の種としての犬であり、
これは一般言語における共通認識です。

個人の感情などを持ち出すのであれば、犬は「家族」であったり、
「ペット」であったり、狩猟のための「道具」であったりという
考えも出てきたりはしますが、それは一般的に共有されている考えではありません。

ディベートで求められるのは、テーマを客観的・一般的な定義として
確立させることです。

これらを踏まえて、この前のディベートの相手側の主張を起点に
反駁として以下私の意見をまとめていくと…


・国ごとに捉え方が違う為、脳死を死であるということは言えない
・脳死の本人の意思をくんで生かしてやるべきである
・その人をよく知る周りの人たちが判断すべきである



発言にはしっかり自分の立場(否定側)としての意見を言う必要があるのではないか。
国柄、社会性というのを考慮に入れるのであれば、、、
現在日本は後期高齢社会であり、医療費、社会福祉費は膨らむ一方である。
脳死を死として受け入れない場合、上記のような背景の一方で医療技術は発達しているため
その人達にかかる費用はますます増大する。
さらに医師・病床数の不足などが問題となっている昨今、
助かる見込みのある病気、怪我を持つ人たちが十分な医療を受けられなくなる可能性がある。
また、脳死を死として認定すれば、ドナーとして臓器提供することができ、
他に多くの助かる人が生まれる。
その周りの人たちではなく、全くの第三者からすれば、
脳死を死と認めることが道理なことなのである。


本人の意思を汲んで、というのはどうやって判断するのか。
脳死の人が生を望んでいるか、死を望んでいるかは
生きている内でしか判断することはできない。
さらに周りの人が生死を決めるという事であるが、
本当に本人の意思などを考慮しているというのは言い難い。
病院にかかる費用、世話をすることの手間などの問題から
死を選択するということも十分に考えられる。

治療を行う医師、ということにさらに言及するならば
世間では安楽死を行った医師が訴訟を受けるということが往々にしてある。
脳死=死ということを明確に定義しないままであれば、これは必然の事象であると言える。
結局手を下すのは本来第三者的な位置づけであるはずの医師なのである。
こういったことからも、本人、周りの人の中で共通認識があればいいという問題ではなく
第三者にもしっかりと認識できる「定義」が必要であるということがわかる。



「死」を認めないということは、「生かす」ということである。
私たちはまずこのことをしっかりと認識することが必要である。



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10ヶ月

Posted by msmoshi on 28.2011 未分類   0 comments   0 trackback
昨日、10ヶ月続けていたアルバイトの最後の日でした。



楽しかったです、今までで経験したバイトの中ではとびきり。



働いていたのは全国に展開しているインテリアショップ(○ランフラン)。

楽しかったけど一番きついバイトでもありました。

普通のバイトであれば3か月もあればほとんどの仕事を覚えられると思うのですが、
そんな短い期間では雑用しかできないような程度。
正直10か月働いてもまだまだ知らないことばかりでした。

大手なだけあり新商品は毎週のように届くので、それについての知識もつけなくてはなりません。
そしてそれらも含めた商品の、店でのだいたいの位置を把握できておかなければなりません。


また、『責任の重さ』というのも他とは比べ物にならなかったと思います。

ラッピングでのミスは絶対に犯してならないというのは当然のこと。
家具などの発注はパソコン上でのデータの入力を行い、そのデータに基づいて
本社がマネジメントをしているため、これもミスが許されない。
チェーン店であるが為に他店との連携は必須。

何より、「不特定多数の客」に接するのではないというのは他とは決定的に異なります。
個人情報の記入をお願いすることが多々あるために、
「特定のお客様」に対し自分の名前で責任を持って
完遂しなければならないというのはかなりの重圧でした。



しかし、そのようなきつい仕事であっても「楽しい」と思えたのは
「仕事のやりがい」がちゃんとあったからです。

ギフトやインテリアに関してお客様に相談されることはしばしばあり、
それに応えてこちらが提案して喜んでもらえた時、
自分にとってもすごく嬉しいものです。

それを自分の感覚で提案するのではなく、
ちゃんと自分で身に着けた商品知識に基づいて応えることができた時の
達成感は何にも変えられないものがありました。


それでもやっぱりこの仕事が楽しいと思えた一番の理由は
スタッフのみんなが本当にいい人達ばかりだっただからです

もちろん仕事なので勤務中は厳しいことを言われることもありました。
しかし困ったときにはめんどくさがらず、ちゃんと助けてくれるし、
休憩の合間などでは冗談を言い合えるような仲でした。
また、同時期に入社した同年代の人たちが多かったために、
気さくに話せるような友人もできました。


先日は私の為に送別会を開いてくれました。
その時に寄せ書きとプレゼントも頂きました。

今後もなにかイベントがある度に呼んでいただけるそうです。




私がこの10か月で得たもので一番大きいものは『仲間』だと思っています。

あの職場で働けて良かったです。


最後に、職場の人がこのブログを見ることはまずないとは思いますが、
この場を借りて…


本当にお世話になりました。

初ブログ

Posted by msmoshi on 14.2011 未分類   0 comments   0 trackback
mixiなどで日記など書いたりはするけど、ブログを持つのは初めてです。

なぜ今になってブログを作ろうと考えたのか。

最近twitterなどを見ていて思うことは、やはり自分の中の意見や考えをまとめるためには
何かものを綴る癖みたいなのを身に着けとかないといけないなとすごく感じています。

しかし、twitterやmixiだと友人との交流を重要視し、
自分の意見を拡大・縮小してしまい、友人に尾を振るだけの文章を並べてしまいがちです。

ブログであれば自分のコミュニティに囚われず、自分の中の真っ当な意見を公に対して
発することができるのではないか。(その分言葉に対しての責任は重くなることは重々承知ですが)

さらに、何か専門的に大成している人、人に尋ねられた時に瞬時に自分の意見を言える人などというのは、
アウトプットする場をしっかり確保していて、日頃から頭の引き出しを整理・整頓している人
なのだと気づいた、というのがこのブログを立ち上げたきっかけです。



また、何も考えずにこのまま過ごして、自分ははたして世の中で「成功している人」に成りえるのか、
という疑問がずっとありました。


飾らない自分の言葉を発し、未熟な自分のイラストなどを掲示することで
自堕落な生活を送る自分に対する「戒め」としてこのブログを活用し、
成長していければいいなと考えています。

おそらく自分中心の観点でのブログになり、人様に晒せるものになるのか
甚だ不安ではありますが、一読されて頂ける方に関しましてはその点よろしくお願いします。

プロフィール

msmoshi

Author:msmoshi
筑波大学・大学院一年生。
デザインを勉強中。
手を出している範囲は浅く広く、プロダクト・web・CG・イラスト・エディトリアル・インターフェースなど色々興味あります。
現在CAD・CGソフト(Rhinoceros)を習得すべくパソコンと日々格闘中。

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