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【東日本大震災】vol.2

Posted by msmoshi on 18.2011 社会   0 comments   0 trackback
未曽有の大災害。

この困難に対処するために、人々は様々な行動を起こしています。

先日も書きましたが、web上では被災地の方々に有用な情報を提供するコンテンツや、
世界各国の励ましの声をまとめたコンテンツが公開され、
そのほかにも通信大手による通信料の無料化や、無線LANの無料提供が行われています。

被災者の肌に直接感じ取りやすいものとして、食糧・生理用品・毛布などの
救援物資が日本全国だけでなく、世界中から届けられています。

最近はなにかといがみ合うことの多かった中国やロシアなどからも
救いの手は差し伸べられ、救援してくれる国・地域は114を超えたそうです。

これら助け合いの絆の強さは、私は日本人としてすごく誇らしく思えます。
すごく、ものすごく多くの大切なものを失いましたが
自信を失い、愛国心を忘れかけていた現代人に、それらを取り戻すきっかけに
成り得る素晴らしいことだと思います。


しかし、そのように皆が助け合いの為、復興の為行動を起こしている中
心無い人たちの残念な行動も目につきました。

特に東電に対するマスコミの言動は目に余りあるものでした。

人命が懸かっているんです。
人々の生活が懸かっているんです。
それも一人二人ではなく何百万人という単位の人数です。
今までこのような緊急事態に陥ったことはなく、
手探りな状態でやるしかないのです。

それなのになぜ、マスコミは記者会見の場であのような横暴な言い方ができるのでしょうか?
東電の社員がわざと人を苦しめてるように見えるのでしょうか?

世間に対し公平・公正な情報を流さなければならないはずのマスコミが
個人の感情で、あたかも国民総意の意見ですといった体で
発言する彼らには虫唾が走りました。


web上では天下り先の社員たちなのだから糾弾されて当然のように言っている人たちも
いますが、じゃああなたたちは何をやっているのでしょうか?

そういった意見を言える状態にあるということは、
インターネットが通じて、人の過去の過ちを責めるような余裕があり、
自分の好きな時寝れるような人たちなのでしょう。

少なくとも、最悪の自体が起こらないように、放射線を顧みず、
自分の家族の元に帰ることもできずに、寝ずに、
復旧に全力を尽くしているのは東電の社員の方々なのです。

その場その場の適当な処置をして、首都圏が大停電という事態に陥ってしまったならば
照明や、カメラなど、あるゆる機材に電気を使っているあなたたち
インターネットをしながら、こたつに入ってテレビを眺めているあなたたちにも
甚大なる被害が出るのだということを、ちゃんと頭に入っているのでしょうか。


CMでも流れていますが、このような事態だからこそ
人に対する『心遣い、思いやり』が特に必要なのではないでしょうか。


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【東日本大地震】vol.1

Posted by msmoshi on 12.2011 社会   0 comments   0 trackback
天災とはこのことなのでしょう。

私は現在茨城県に住んでおり、今回震度として6弱の地震の影響を受けました。
そして最初の地震発生当時、私は自宅にいました。

揺れの種類としては縦の揺れはほとんどない、横揺れが中心のもので、
突然来るといったものではなく、徐々に大きくなっていったという具合でした。
それまでに私が経験した地震の中では間違いなく一番大規模のものであり
一番恐怖を感じさせられたものでした。

机の上の飲み物はカーペットにこぼれ、棚の高いところに置いているモノは落ち、皿は割れ…。

自分の部屋という最も身近な空間が変容していく様によって
日常が崩れていく感覚をより一層感じられました。
また、自分の置かれた状態を把握したかったのですが、
インターネット、テレビ、携帯電話が通じなくなっていたその時の状況は、
不安を煽るのに十分でした。

冷静になって他のことにも頭が回るようになった時、
一番に気になったのが以前働いていたバイト先でした。

食器やガラス製の商品、背丈の高い家具などがあるため、商品のことはもちろん
お客さんやスタッフのみんなに怪我がないかが気にかかりました。

自分のことが片付いた後、居てもたってもいられず
自転車を駆らせてバイト先へと走らせました。

店の入っているショッピングモールに着くと、
お客さんはもちろんのこと、店舗スタッフも含めたすべての人が外に出てきており
また館内すべての電気が消えていました。

結局バイト先の知り合いに会うことはできなかったのですが、
後からメールで聞いた話によると、やはり相当な被害を受けてたようです。

家に帰って今後のことを考えると、まず気になったのが今後の食料についてでした。
電気・水道は通っていたのですが、ガスが止まっていたので
調理の必要のないカップめんなどが必要でした。

思い立ってすぐ近くのコンビニに行くとそこには普段目にすることのない光景がありました。

床にはワインが落ちて店内にはその匂いが漂っており、
普段なんか見ないような数の人がいました。
弁当やおにぎりやパンなど、すぐに食べられるものは
軒並み売り切れており、カップめんも既にかなりの量が減っていました。

ひとまず1日過ごせるぐらいの食料を私は買うことができましたが、
店のストックもこの調子だといつまでも持たないなと感じました。


その後友人と合流し、比較的ライフラインの安定している
私のウチでその日は過ごすことになりました。
そして復旧したテレビやインターネットで情報を得ていたのですが…
甘く見ていました。

地震当初、自分の被害がほとんどなかったこともあり、
そんなに規模の大きなものだという認識は正直なかったのです。

しかしふたを開けてみれば、1000年に一度レベルの大地震。

最初は死亡者20人ぐらいだったのも倍々ゲームのように増えていき、
序盤でその人数が3ケタに昇るのは予測される。
VTRではこの世の地獄のような光景が映し出されており、
特に津波の襲う様は、自然の無慈悲な暴力をまざまざと見せつける。

身近な所でもその履き違えは露呈され、
ライフラインについては私の住んでいるアパートは幸運なだけで
近隣では電気・ガス・水道など断たれていることが多いことなどが確認された。

何を勘違いしていたのだろうか。

自分の楽観さ具合に嫌気がさしました。


しかしそんな中にも光というのは存在するのだ、ということも知ることができました。

先に書いた私の働いていた元バイト先『フランフラン』は
被災地周辺の店の商品を破格で提供することを決めました。
http://www.francfranc.com/jp/news/2011/03/support_info

twitterを元に、今現在のその地域で助けを求める声や、ライフラインの状態を集めたサイト、
http://savejapan.simone-inc.com/

あるいは世界中のユーザーからの励ましの声を集めたサイトが次々と立ち上がりました。
http://prayforjapan.jp/tweet.html


それだけではなく様々な人たちが被災した人たちに助けの手を差し伸べています。



誰かがこう書いていました、

「やらない善より、やる偽善」

茨城も多少の被害を受けてはいますが、もっと悲惨なところはたくさんあります。

私も小さなことからでも何かやれたらと思います。

意識格差

Posted by msmoshi on 21.2011 社会   0 comments   0 trackback
先日読んだ本の中で気になった一説があったので
今回はそれについて言及しようかと思います。

「小学校6年生と中学1年生とでは意識の高さが全く違う(大人びている)」ということが
作中の登場人物の言葉の中にありました。
それは例えば小学校4年生と5年生の違い、
あるいは中学校2年生と3年生の違いなんかよりもずっと違うのだということでした。
その理由は自分より年上の人がいるから、ということでした。

なるほど、たしかにそれは一理あるなと思いました。

同じコミュニティの中に、目上の人=自分のできないことができる人、の存在を知ることで
それまで自分の定めていた限界の幅を広げるきっかけが生まれます。
言い換えればそれは別に目上の人ということに限らず、「何かの能力が高い人」の存在が
自分の意識を高めるものだと言えます。

ということは、単純に意識の高さを上げるためには
大学院などに行くのではなく、さっさと社会に出て、
能力の高い人がたくさんいる場所に行くべきだ、ということになるのかもしれません。
(少し自虐的ですが^^;)



話は少し逸れまして、このことを念頭に置きつつ、
飛び級制度のある外国の教育と日本の教育の違いについて少し考えてみました。

日本の教育制度は能力に関係なく、基本的なコミュニティは
年齢というパーティションによって区切られています。
そのため年齢が近くとも、能力の高い人がいるということは容易にあり、
それが能力の低い人達の意識の底上げに一役買っているのではないか
というのはあながち間違いではないでしょう。

また、飛び級制度とはご存じのとおり能力の高い人であれば、
どんどんどんどん上を目指せる制度です。
対して、能力の低い人達はその場にとどまり続けるために、
能力の高い・低いのコミュニティはきっちり分けられる可能性が
高いということが言えるでしょう。

日本の学歴格差についてはメディアでもしばしば取り上げられていますが、
↑の理論からいくと、学歴についてはともかく、意識の高さについては
案外海外のほうがその格差は広がっているのかもしれません。


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(2010/11/26)
伊坂 幸太郎

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伝統工芸

Posted by msmoshi on 18.2011 社会   0 comments   0 trackback

ワールドビジネスサテライトって面白いですね。
最近毎日見るようになっています。

ということで、今回もそちらを見てからの日記になります。


日本には有能な技術者がたくさんいる、ということは世界的に見ても周知のことみたいです。

例えばテレビでは、お茶っ葉を入れる筒を作る職人さんや、
柔道の縫製技術を使ったバッグなどが紹介されていました。

他にも有名な話でipodの裏のステンレス部分は、新潟の中小企業の職人たちによって
磨き上げられているという話があります。

地方の中小企業の技術が世界的に有名な大企業のApple社に認められるというのは
なんと素晴らしいことでしょうか。


私の出身地である長崎県にも様々な伝統工芸・技術があります。

切子・ステンドグラス・べっ甲など。(ガラス系が多いみたいですね)

いつかは私も故郷、長崎に恩返しをしたいとは思いますが、
そういった伝統技術などを日本中に、あるいは世界的に発信する手助けをすることで
貢献できれば楽しそうですね^^

観光

Posted by msmoshi on 14.2011 社会   0 comments   0 trackback
ワールドビジネスサテライトを見てからの日記。

今長野県に来ている外国人観光客の約2割はオーストラリアからだとのこと。

オーストラリアの公用語は英語。
さらに取材されいた長野の旅館の女将も英語を操る。
旅館周辺の飲食店などでも英語併記のメニューがちゃんとある。

やはり英語は重要なのだということを改めて実感しました。


大企業でTOEIC~点以上が入社条件、みたいなのを提示しているのを最近よく見ます。
大企業=都会にある、というのは確かにあり、英語の需要の割合が大きいのは
確かに東京などの都市圏です。

だけど地方でも英語は力を発揮しています。
むしろ収入がないと福祉や、社会保障に支障がでてしまう恐れがある分、
ハングリー精神も旺盛であろう地方のほうが英語は重要なのかもしれません。

今後は中国が台頭してくるから中国語の需要が伸びる、ということが叫ばれていますが、
中国としては第2外国語を学ぶとすればやはり英語な訳で、外国に旅行に来るような富裕層であれば
なおさら基礎的な教養として英語を身に着けていることでしょう。

「中国語圏の人=英語をしゃべれる」は成り立っても、「英語圏の人=中国語をしゃべれる」
というのは現時点では成り立ちません。
やはり観光資源の有効活用(地方活性化)のためには英語を学ぶことが重要なのではないでしょうか。

プロフィール

msmoshi

Author:msmoshi
筑波大学・大学院一年生。
デザインを勉強中。
手を出している範囲は浅く広く、プロダクト・web・CG・イラスト・エディトリアル・インターフェースなど色々興味あります。
現在CAD・CGソフト(Rhinoceros)を習得すべくパソコンと日々格闘中。

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